ヴィッキー・クリープスと「ファントム・スレッド」

前略 ヴィッキー・クリープス 様

物語は、あなたが演じるアルマが、誰とも知れぬ相手に、ダニエル・ディ・ルイス演じるドレスデザイナーのレイノルズについて回想するシーンから始まります。気難しい天才として知られるレイノルズと過ごした日々は重荷ではなかったかと聞かれ、彼は私の夢をかなえてくれた、その代償として私は彼に私の全てを彼に与えたのだ、と答えます。このセリフから、レイノルズは最後には消えてなくなる運命なのではないか、二人の恋愛の勝者はアルマだったのではないかという観客の予想のもと、映画は50年代の、まだアルマがレイノルズに会う前のロンドンへと時計を巻き戻すことになります。

そこに流れる名曲「マイ・フーリッシュ・ハート」の甘い旋律に陶然としながら観客は画面を見入ることになるわけですが、ポール・トーマス・アンダーソンの新作を観ることは、同時代に生きる私たちにとって豊かな映画体験を約束してくれます。70年代までであればルキノ・ヴィスコンティが、90年代までであればスタンリー・キューブリックが目指していた、吟味された脚本と繊細な撮影技術と優れた俳優、緻密な美術とはかり知れない映画の魔術が融合してなされる「完璧な映画」への希求が見て取れます。現在、ある人にとってそれはクリストファー・ノーランの作品かも知れません。しかし、映像的なスペクタクルを追い求めるノーランよりも、人間への探求心が勝るポール・トーマス・アンダーソンの方がより映画作家としての優れた資質を感じます。その遺作で夫婦の秘密にこそインナースペースがあり、真のオデッセイがあると示したキューブリック(「アイズワイドシャット(99年)」)に似た資質を感じるのです。

映画は、アルマを服飾デザインのインスピレーション源として見初めたレイノルズとの緊迫した私生活を追います。奇妙な題名の「ファントム・スレッド」とは、どうやらファントム=母親の亡霊、スレッド=スーツのジャケットの芯に織り込まれた母親の毛髪が示す、レイノルズのマザーコンプレックスの象徴のようです。ユニークなのは、通常は恋愛の対象として相手に母親像を求めるのに対し、ここでは創作のインスピレーションとしての母親を求めている点です。再婚する母親の為にウェディングドレスを仕立てるという屈折した少年時代の想い出がレイノルズを苦しめ続けます。

あなたが、モデルのような体形でないのがとても良い。あなたは自身が「肩幅が広く、首は細過ぎ、胸は無い」と揶揄する体形に対し、レスリー・マンヴィル演じるレイノルズの姉(彼女がまた素晴らしい)は「レイノルズは丸いお腹が好きなのよ」と言う。あなたのそんな容姿が、レイノルズの理想の体型がスレンダーなモデル体型ではなく極めて私的な嗜好であることを示しており、あなたの肉体自体がこの作品の中心的なテーマである「極めて個人的な領域への他者の侵入」を表しているように思います。

ポール・トーマス・アンダーソン自身が言うように、亡霊の陰と競合しなくてはならない女性の姿や、過去を体現する存在が亡霊の住む「館」である点はアルフレッド・ヒッチコックの「レベッカ(40年)」の影響下にあるように思います。(垢抜けない女性を自分の望み通りに仕立てる様には「めまい(58年)」も思い出させます)また、レイノルズに束縛され、やがてはある逆転によりあなたがレイノルズを支配することになるこの作品の特質は、私たち日本人には増村保造の「盲獣(69年)」をも想起させます。しかし、この作品の最も優れた点は、極限の愛の物語がもたらすものが、冒頭のセリフにより私たちが予想したような破滅ではなく、穏やかな愛情の日々であることでしょう。(もっとも、これはアルマの妄想に過ぎない可能性もあります)

そのような意味において、私の心をよぎったのはマックス・オフュルス監督の「快楽(52年)」にある、画家とモデルの挿話です。画家に見初められたモデルが、やがては画家に捨てられ自殺未遂を起こし、その後二人は結婚する。海辺には画家が年老いたモデルを車椅子で押す姿があり、彼らは幸福そうに見えないですね、という傍観者に対し、「笑顔でいることだけが、幸福ではない」という人生の一つの真理が語られます。狂気じみた愛がもたらした結果であっても、二人にとっては平穏な生活なのです。

映画の冒頭であなたに話しかけていたのは、あなたのある企てにより体調を崩したレイノルズの元を訪れた医師だったということがやがてわかります。この企て自体が、極めてシリアスなこの作品の中にあってとても馬鹿馬鹿しくて私は好きです。レイノルズはその企てに、自ら乗ってみせてあなたへの愛を証明することになります。その愛は最後には夫婦がいて子供がいて、という平凡な幸福にハードランディングします。過去、何度も映画で語られてきた異常な愛がもたらす破滅としてこの作品を終えなかったことに、「ファントム・スレッド」にこめた、ポール・トーマス・アンダーソンのささやかな野心を感じるのです。

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