ぺ・ドゥナとイ・ジュヨンと「ベイビー・ブローカー」
是枝裕和の新作「ベイビー・ブローカー」は完全に韓国の資本で撮られた映画です。前作の「真実(19年)」もフランスとの合作として撮られていますから、2作続けての海外制作です。いち映画ファンとしてはどこの国のカネで撮られようが面白ければそれでいい。しかもソン・ガンホ、ぺ・ドゥナといった俳優が起用されており、注目の作品です。
物語は、韓国にもある「赤ちゃんポスト」をきっかけに、子供を産んだ母親のムン・ソヨン(イ・ジウン)、子供を非合法な養子に出し手数料を得ようとする二人の男ハ・サンヒョン(ソン・ガンホ)とユン・ドンス(カン・ドンウォン)、彼らを負う二人の刑事アン・スジン(ぺ・ドゥナ)とイ刑事(イ・ジュヨン)のドラマを描いています。
「そして父になる(13年)」や「万引き家族(18年)」などでも”疑似家族”をテーマに血縁と他者との関連について問題意識を持って描いてきた是枝監督ですので、今作も社会的テーマ性を持って描かれるのだろうと観る前には感じていました。私は、ドキュメンタリー出身であることに起因しているのだと思いますが、是枝監督のこういった作品内に一つの社会的テーマが浮き彫りになるような環境を設定して登場人物の推移を見守るような、これまでの作品での「課題設定型」の制作姿勢があまり好きではありません。俗っぽい言い方をすれば「説教臭い」ということでしょうか。そんなことよりも映画として興奮するような画面を観せて欲しいし、それが出来る監督なのに、といつも思っていました。是枝監督が主催する分福所属の川和田恵真監督による「マイスモールランド(22年)」からもその姿勢が感じられました。
今作も勿論社会的テーマ性はあるのですが、映画としてはテーマよりも一回り大きな映画的な楽しさも感じさせ、良い意味でルーズさも兼ね備えた体格の大きな作品になっています。子供を盗んで売り飛ばそうとする二人組に、母親も加わって養子縁組を探そうとする展開が人を喰っていて可笑しいし、途中で旅に加わる少年も良い味を出していて、是枝監督の子役演出の上手さは韓国でも存分に発揮されています。また、「しいのみ学園(55年)」「あこがれ(66年)」など、養子縁組や養護施設を扱った作品は邦画でもよくあるため、切迫した現代的なテーマというよりも、どこか映画的な懐かしさを感じさせます。そのようなことが、今作の風通しの良い雰囲気に繋がっているのではないでしょうか。
今作でカンヌ国際映画祭最優秀主演男優賞を受賞したソン・ガンホは無論のこと、俳優陣は皆素晴らしい演技を見せていますが、特にぺ・ドゥナとイ・ジュヨンという、硬派な印象を持つ二人の女優を女刑事コンビとするキャスティングには嬉しくなります。ぺ・ドゥナの、犯人たちを監視しながらも時に母親を気遣い、終盤のシビアな刑事から、赤ん坊の母親代わりとしての優しさを見せる場面がとても良い。イ・ジュヨンは「野球少女(19年)」でのハードボイルドな姿が印象的でしたが、今作でもぺ・ドゥナのバディ役として確かな存在感を見せています。
撮影は「バーニング 劇場版(18年)」「流浪の月(22年)」でも素晴らしい画面を作っていたホン・ギョンピョ。ソウルに向かう列車内での撮影(セリフの間合いと、トンネルからの出入りによる明暗が見事にシンクロしていて驚かされました)や、観覧車での撮影など、心に残る映像を見せてくれます。