ジェシカ・チャステインと「女神の見えざる手」

前略 ジェシカ・チャステイン 様

奥目で細い眉毛のあなたがスクリーンに映し出されると、観客は何か良からぬことや深刻な事態が起こることを覚悟することになります。あなたの容貌にはそう思わざるを得ないシリアスさが刻印されていて、それはあなたの代表作である「ゼロ・ダーク・サーティ」から一貫しています。そんなあなたを私は若干苦手であることを告白せねばなりませんが、それでも今作のあなたは適役にして見事なキャラクターを創造していたと思います。

今作はアメリカのロビイストを主人公としています。日本では全く馴染みのない職業で、PR会社かコンサルティング会社に近いようにも思いますが、この作品のように自らマスコミに登場するような存在は日本では想像出来ません。それだけに非常に興味深い作品でした。

一方、観終わった今、この作品のテーマは何だったのかと考えるに、余り明確なものが思い浮かびません。見かけは、ロビイストという影の男性社会で主義を貫く女性の生き様ということになるのかも知れませんが、この手の作品でよくあるように、主人公をシングルマザーに仕立ててことさらに女性の社会的立場を主張することもありません。あなたが演じるスローンは完全に仕事人間で女性性というものを殆ど断ち切っているので、主人公が男性であっても実はさほど作品の内容に違いは無かったのではないかと思います。

また、銃規制という非常にタイムリーな話題を取り扱ってはいますが観客にとっては(それは銃規制がされるに越したことは無いと思いながらも)現実には規制されておらず、映画の中で銃規制法案が可決されようがされまいが本質的にはどちらでも構わないのだし、その意味でスローンとコール=クラヴィッツ&Wの戦いの勝敗への興味が物語を牽引することはありません。

この作品の主題は、スローンという主人公のキャラクター造形の奇形性ということにつきるのではないでしょうか。スローンは、眠ることも出来ず、16時間働き続けずにはいられない仕事中毒です。仕事には邪魔になるだけの恋愛は不要で、性欲だけ得られるコールボーイがいれば十分です。同僚を欺いたり自分の手札を隠すのは戦略的というより自分を誇示するためのナルシスティックな振る舞いであり、この人物の特異性を際立たせています。

仕事や勝利への執着と、ゲームを仕掛けることに血道を上げるスローンを、男性社会を生きる女性の幸福なモデルだと感じる観客はいないでしょう。あなたが体現する、ナルシスティックな仕事中毒患者という怪物的キャラクターをスクリーン越しに眺めることがこの作品の全てです。観客は半ばフリークスを見物するような気分であなたの傍若無人な活躍を見守ることになります。特異な女性キャラクターの魅力で映画を牽引するという意味では、今年公開されたポール・ヴァーホーベン監督の「ELLE」でイザベル・ユペールが見せた恐ろしく裏表のないヒロインが近いかもしれません。

ミスリードを誘うようなセリフや、最も汚い謀略が裁かれない等、作品の瑕疵が無いわけではないと思いますが、それを差し引いてもこのような強烈なキャラクターを創造しただけでこの作品は成功だと言えます。ラストの逆転劇も、爽快さよりは「この人、ようやるわ」と呆れかえる面白さを私は感じました。欲を言えば、キャラクターの特異さが「ELLE」のようなブラックユーモアの域にまで達していればとも思いますが、そうならないのがジェシカ・チャステインという女優のシリアスたる所以なのでしょう。

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