木村文乃と「伊藤くんAtoE」

前略 木村文乃 様

この作品のユニークさは、題名にもなっている伊藤くん(岡田将生)の特異なキャラクターにあります。20代後半にしてシナリオライターを目指し、バイトをしながら養成学校に通う彼は、脚本家として成功することを疑わず、他人と深く関わることを嫌い、一方で自分が容姿端麗であることには自覚的で、自分の都合や感情で一方的に女性たちに近づき、または離れていく。公式HPでは「モンスター級の痛男」と称される伊藤を中心に、彼に振り回される5人の女性たちが描かれて行きます。

あなたが演じる矢崎莉桜は、過去にテレビドラマでヒットを飛ばしたテレビ脚本家であるものの、その後成功から遠ざかっており、不本意ながらシナリオライター養成学校で講師を務め、女性相手の恋愛セミナーで糊口を凌ぐ日々といった役どころです。あなたは恋愛セミナーで知り合った4人の女性に関心を抱き、等身大の恋愛に悩める女性を描くことで脚本家として再起を図ろうと目論みます。この4人の恋愛相手が、全てあなたが養成学校で教えている「モンスター級の痛男」伊藤なのですが、そんな偶然があるだろうか、と観客は思わざるを得ません。但し、そこには巧妙な口実が冒頭から宣言されています。

作品の冒頭におけるシナリオライター養成学校の授業で、「物語において、恋愛感情を抱く相手と東京の街角で偶然出会うといった展開は成立しうるか」という、中々興味深い問いがあなたから生徒になされます。そのような偶然は現実にはあり得ない、と口々に生徒たちが言う中で、伊藤だけは自分には実際にそのような経験があるし、「本当に相手を思うならそういうことも起こり得るし、脚本家たるもの想像力を働かせるべきだ」と一席ぶちます。その後の伊藤の身勝手極まりなく他者と恋愛感情を真剣に結ぼうとしない姿を見るとまさに口から出まかせでしかないのですが、東京で恋人たちが偶然に出会うことが自然であるのなら、4人の女性の相手が全て伊藤であることも自然ではないか、と観客に宣言しているのです。

この作品は、女性たちの「無様かもしれないけれども他人との関わりを希求する生き方」と、伊藤の「他人と関わり、傷付くくらいなら最初からステージに上がらなければいい」とする生き方との対立を一応のテーマとして描いており、あなたと伊藤が自分の考えをぶつけ合う口論の場面がクライマックスとなっています。作品としては伊藤の特異なキャラクターを中心に、コメディにすることも出来たように思いますし(少なくとも「奥田民生になりたいボーイ」程度には)、筋書だけ見れば、往年のハリウッドのスクリューボールコメディのようにも感じます。しかし、作品はそこまで横滑りすることなく、生真面目な語り口で、人生論を戦わせることになります。そのような生真面目さは廣木隆一監督の作風だと思いますが、一方でせっかくの伊藤のユニークなキャラクターに関わらず、今作がもう一つ生き生きと現代の若者たちを描くに至っていない要因のようにも思いますし、観客のこの作品に対する戸惑いも生むように思います。

作品はあなた自身が「無様に戦いながら」脚本家としての再起を賭けて仕事に取り組む姿で終わります。これもいかにも生真面目な終わり方だとは思うのですが、木村文乃という女優が演じることで、鑑賞後には前向きな明るい印象を残すことになります。

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