黒木華と「日日是好日」

前略 黒木華 様

一人の女性のおよそ20年近くを描いたこの作品は、映画ファンならずとも微笑みたくなるようなエピソードで始まります。主人公である典子(黒木華)のモノローグ曰く「私は小学生の頃、両親とフェリーニという監督の『道』を観に行った。本当はディズニー映画に行きたかったのに。その映画は暗く悲しげで私にはひとつも面白くなかった」。

典子は成人してからその映画を思い出し、従妹の美智子(多部未華子)の前で海辺でジェルソミーナの真似をして少し踊って見せ、「ザンパノ、ザンパノ」と叫びます。そして、「子供の頃は『道』なんてわからなかった。だけど大人になった今観ると、泣けて仕方が無い。そんなことを感じられるように、毎日を過ごしたい」と言うのです。美智子には、それ、どういうこと?と言われてしまいますが、典子が少しづつ成長していく姿を見ている観客には、典子の言おうとしている意味がよくわかるのです。

映画は、典子が多少の冷やかしもあり始めた茶道を通して、自分の凡庸さに苛立ったり、他人を妬ましく思ったり、恋人に裏切られて傷ついたりする日々の中で、少しづつ茶道に心の拠りどころを見つけ、心のざわめきのようなものから解放されて行く様を、実に20年近い歳月をかけて描いていきます。あなたが演じる典子という一人の女性の、若き日の漠然とした焦りは誰にも経験があるものだと思いますし、そこから解放されることが難しいこともよく知っています。その中で、茶道に出会い、わからないながらも魅かれていく。次第に茶器に注がれる冷たい水と熱いお湯の音の違いがわかるようになり、梅雨と秋雨の雨だれの音の違いがわかるようになり、掛け軸の書の楽しさもわかるようになる。わからないものが次第にわかるようになるのは、芸術に触れる醍醐味ですが、茶道を通じて感覚が豊かになっていく様が、ゆったりと丁寧に語られて行きます。

日本には優れた「女性映画」が多くありますが、この作品もまた一風変わった「女の一生」ものだと思います。この映画には何か波乱に満ちたことは起きませんし、ドラマと言えば恋人と別れたり、新しい恋人が現れたり、(その二人の恋人は映画の中で顔さえ出しません)父親が亡くなったりというどこの誰でも経験するようなことです。だけどその個人にとっては極めて重要な出来事であり、何かに拠りどころを求めないと生きていることも苦しくなることもある。そして、少しでもより良く生きていきたいと願う。そのような平凡な人間の葛藤や願い、成長を、黒木華という女優が驚くべき「正確さ」で演じます。典子が凡庸な自分を恥じるとき、黒木華は凡庸でおぼつかない佇まいです。茶道を知り、少しづつ感性が豊かになるとき、黒木華はジェルソミーナを真似て、少し恥ずかしそうに踊ってみせます。それから20年の歳月を経て、心のざわめきから解放され穏やかな女性に成長したとき、黒木華は着物姿で出席した茶会で静かに微笑みます。黒木華の演技を信じ切っている大森立嗣監督の演出もあり、あなたの代表作と言える作品になったのではないでしょうか。

樹木希林が演じる茶道の武田先生とあなたとの淡々としたやりとりがまた可笑しいのですが、つい先日他界した樹木希林という女優が、黒木華という群を抜いて才能豊かな若い女優に自分の技術を伝え残そうとしているかのようにも感じられ、落涙を禁じえません。

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