ヨアンナ・クーリクと「COLD WAR あの歌、2つの心」

この映画のオープニングは、観る者の心を震わせさせずにおきません。終戦後、ナチスから解放されたもののソビエトの統治下にあるポーランド。主人公であるヴィクトル(トマシュ・コット)は国からの要請で、ポーランドの村々に伝わる民謡や歌唱を採取して回ります。やがて、歌や容貌に優れた者を集め、国威掲揚の為の民族舞踊団「マズレク」が創立され、ヴィクトルはその総監督に就きます。そこに歌手として現れるのがヴィクトルの宿命の恋人となる、年若いズーラ(ヨアンナ・クーリク)。才能はあるものの、奔放で周囲の男たちが放っておかないズーラとヴィクトルはその後長い、長い腐れ縁を結んでいきます。冒頭からここまでが、戦禍の残るポーランドの村々を背景に、モノクロスタンダードサイズの精緻な映像で語られて行くのですが、ポーランドの風土の質素さとズーラという女性の淫靡さが見事な対比を見せ、あれよあれよという間に宿命的な恋に観客を誘う。この簡潔さがまず素晴らしい。二人が草原でちょっとした言い合いをした後、さっと川に身を投げ、漂いながらソビエト製ミュージカル映画の主題歌だという歌を口ずさむズーラは、ヒロインとして映画史に名を刻むに十分な魅力を湛えています。

「マズレク」は純粋なる民族舞踊の継承という役割を逸脱し、インターナショナルを歌い、スターリンを顕彰する歌を歌う。この政治のロマンチシズムはベルナルド・ベルトルッチ監督の幾つかの映画を思わせるし、(近年の中国映画「芳華(17年)」をここに加えてもいい)亡命するピアニスト、50年代の頽廃的なパリのジャズシーンといったモチーフも映画というジャンルによく似合う。観客は、まずは自身の恋愛映画、近代政治史映画、音楽映画の記憶を総動員しこの映画を好ましく感じます。そのような、幾らか趣味的とも言える楽しみ方も勿論出来るのですが、監督である パヴェウ・パヴリコフスキがこの作品は自分の両親をモデルとした映画だと語り、監督自身も母親とポーランドを亡命した身であり、密告や恐怖政治を目の当たりにして生きてきたという過去、祖母はアウシュビッツで死に父も反ユダヤ主義の中ポーランドを去ったというインタビュー(朝日新聞GLOBE+)を読むと、そのような呑気な鑑賞に冷や水を浴びせられる思いです。亡命したからと言って人は自由になるわけではない、という言葉は余りに重く響きます。

この作品の主題は男女二人の腐れ縁とも言える恋愛劇ではありますが、ポーランドという国を背景とした祖国についての映画であるとも言えます。ソビエトの衛星国でしかなくスターリンの恐怖政治に支配されるポーランドに、ヴィクトルは愛国の念を持つことが出来ません。政府から「マズレク」でスターリン称賛の歌を歌ってほしいと要請され、渋る同僚を尻目にあっさりと要請を受け入れる。信じる祖国を失ったヴィクトルにとって、祖国の代替として拠り所となる存在こそがズーラであり、亡命者が帰る場所なのです。ポーランドにあっても、パリにあっても常に心はズーラに寄り添っている。ズーラもまたパリで才能をすり減らしているヴィクトルに幻滅しつつも、彼を愛さずにはいられない。ズーラがヴィクトルを罵りながら二人で夜のパリを彷徨うシーンはもっと長く観ていたいシーンですが、 パヴェウ・パヴリコフスキ の演出はあくまで簡潔で、あっさりとシーンを終えます。

~以下、結末に触れています~

この映画のラストで、大きく弧を描いて循環するようにポーランドに舞い戻った二人は戦争で廃墟となった教会でささやかな結婚式を挙げます。そこで口にする錠剤が何なのかはわかりませんが、幸福そうな姿に見えます。二人が画面から去るとそこには麦畑が広がり、一陣の風が吹き抜ける。祖国に吹く風に身を任せて国を去り、また舞い戻りここまで来た二人には、これからも平穏な時が続きそうもないけれども、今一時の幸福を感じてほしいと願わずにはいられません。エンドタイトルで流れるグレン・グールドによるゴルトベルグ変奏曲の調べが、二人の一時の休息に寄り添うように静かに響きます。

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