マーゴット・ロビーと「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
タランティーノ監督の映画を純粋に楽しむのはとても難しいと感じます。当代きっての映画オタクであるタランティーノの作品には幾つもの映画にまつわるトリビアがあり、全世界の「同志」に向けた秘密の暗号といった趣があります。この作品を真っ先に観た観客からは、早速「シャロン・テートについて知らずにこの映画を楽しむことは出来ない、チャールズ・マンソンについても調べておけ」とお節介なアドバイスがSNSに書き込まれ、「映画秘宝」はじめ映画雑誌はネタ解説に精を出し、公開後にはこれまたお節介な観客からSNSを通じて得意げな発見が飛び交うことになりました。
そもそも映画一本観るのにわざわざ予習したり鑑賞後にネタ元を探したりする必要があるのか、それ程の知識が必要なのかという気もしますが、それが求められるのがタランティーノ映画なのでしょう。タランティーノ自身はそんなことは関係なく楽しんでくれ、と言うような気もしますが、そうもいきません。タランティーノ映画は、どうしても観客に映画への愛情を試す側面があるのです。
この作品はタランティーノが偏愛する69年のハリウッドをブラッド・ピット演じるクリフ・ブースがカルマンギアでクルージングしながら隅から隅まで案内するといった趣の映画であり、ヒッピー、ウッドストック、イージー・ライダーといった若者文化が開花した年に惨殺されたハリウッド女優シャロン・テートへの50年後のラブレターでもあります。この映画を観た当初は状況描写はたっぷりながら、物語を推進させるパワーに欠けるように私は感じましたが、これはタランティーノ描くハリウッド版「甘い生活」なんだなと思い至り、そうなるとやはり無視しがたく魅力的な作品だと言えます。
私のシャロン・テート体験を披露するなら、この映画に出てくる「サイレンサー第4弾/破壊部隊」は知りませんでしたが、昔は何故かよくテレビで「ポランスキーの吸血鬼(67年)」が放映されていて、このドタバタコメディーで最後に吸血鬼になって橇の上でポランスキーに噛みつくのがシャロン・テートでした。ブロンドの綺麗な女優、という印象が残っています。大昔に観たきりですが、妙に記憶に残っている。今回、シャロン・テートを演じるのは「スーサイド・スクワッド(16年)」「アイ、トーニャ史上最大のスキャンダル(17年)」のマーゴット・ロビー。ブロンドの、イノセントなハリウッド女優というアイコンを演じています。
ポランスキーとスポーツカーを飛ばすシャロン・テート。「プレイボーイ」のパーティで陽気に踊るシャロン・テート。自分の出た映画を掛ける映画館に、顔パスで入ろうとするお茶目なシャロン・テート。気軽にヒッチハイカーに応じるシャロン・テート。やがては惨劇の舞台になる豪邸でレコードに合わせ一人踊るシャロン・テート。マーゴット・ロビーを通じて一つ一つのシーンでシャロン・テートのキュートさを丁寧に描いており、タランティーノの、「1969年、あなたはきっとこのように毎日が輝いていて、幸せだったはずだ」との思いが伝わり観客の胸を熱くします。ラブ&ピースの時代の、暗い一面の象徴だったシャロン・テート事件ではなく、太陽のように明るく光り輝く存在として彼女の日常を描くことこそがタランティーノの真意であり、最後の演出は観客へのサービス程度ではないでしょうか。そして、そのような失われた幸福も、ディカプリオ演じるリック・ダルトンが体現する苦さも、クリフ・ブースのような怪しげな英雄も、全てを飲み込んでハリウッドはしぶとく生きながらえて今日も多くの「夢」を吐き出している。タランティーノに促され、私たち観客も「それでもハリウッドを愛している」と呟くことになるのです。