2022年映画ベスト
2022年に劇場で鑑賞した新作封切作品から、印象に残ったものを洋画・邦画それぞれ3本。観逃した作品も多いのであまり偉そうなことは言えないのですが、今年は断然評価すべき作品に乏しかったように思います。この世界戦争の端緒に立つ時代にあって、あるべき作品が生まれるのは、今年からでしょうか。
邦画部門
さかなのこ(沖田修一監督)
のんにさかなクンを演じさせるという天才的なアイディアに加え、さかなクン自身がもしかしたら世間に受け入れられなかったかも知れないもう一人のさかなクンを演じるというメタ構造を持つ今作は、結局のところ現代が「好きなことを好きなようにやる自由」が奪われている時代であることを示しているようにも思えます。その説得力を、のんの異様に澄んだ瞳が支えています。
冬薔薇(阪本順治監督)
真摯なシナリオと、プロフェッショナルな俳優たちの演技が織りなすアンサンブルを楽しむという、映画本来の喜びを思い起こさせてくれる作品でした。特に小林薫と余貴美子の真剣勝負と言えるやりとりは、胸に迫るものがありました。石橋蓮司が放つ「忘れたはずの過去が、時折顔をのぞかせいつまでも俺を追いかけてくるのだ」という叫びは、長い年月を生きてきた人間なら誰もが切実に感じるのではないでしょうか。
ケイコ、目を澄ませて(三宅唱監督)
この、殆ど非の打ちどころの見当たらない作品を前にして、幾らか息苦しさを感じたのも事実ですが、それでもここまで考え抜かれていて、繊細にしてそれでいてある時点では俳優の力に全面的に任せるという胆力を見せつけられると、比肩しうる作品が近年他にあるだろうか、という思いにかられます。高まる噂を聞き、当時住んでいた札幌から渋谷ユーロスペースのレイトショーに駆け付け「PLAYBACK(12年)」を目撃した日から10年。三宅唱にはこれからも期待します。
洋画部門
秘密の森の、その向こう(セリーヌ・シアマ監督)
ちょっと褒め過ぎかもしれませんが、セリーヌ・シアマの作品の持つ静謐さ、純度の高さ、家族の秘密、寓意性といったものは私がビクトル・エリセの作品に抱く印象に近いように思います。物語は古めかしい面もあるのですが、映画自体にはとても最新型の印象がある。これは前作の「燃ゆる女の肖像(19年)」と同様です。
クライ・マッチョ (クリント・イーストウッド監督)
「グラン・トリノ(08年)」以降は、殆どが実在する「英雄」たちを素材とし、その評価も曖昧に揺れている近年のクリント・イーストウッド。しかし、現在の地位に安住せずに前人未踏の領域に足を踏み入れていくイーストウッドには畏敬の念を覚えます。今作では「砂漠のバーの夢を見た」というイーストウッドの台詞に誘われ、観客もまた彼の夢に迷い込むかのような不思議な作品でした。常に新作の準備が伝えられていたイーストウッドだけれど、この作品の後、現時点でそのニュースは伝えられていません。同い年のジャン=リュック・ゴダールが命を絶った今年。いよいよ、我々がイーストウッドの新作を観る機会はこれが最後になるのでしょうか?
TITANE チタン (ジュリア・デュクルノー監督)
この作品をこけおどし、と揶揄する声があるのも理解していますし、生理的に受け付けない観客がいても不思議ではありません。それでも、前作の「LAW~少女のめざめ~(16年)」同様、独自の文体を持って文字通り映画界に殴り込みをかける、映画に肉体性を取り戻すといった気概を、現時点では取り敢えず留保付きではあっても認めたいと思います。このような才能を認めないと、映画はどんどん小さくなってしまうような気がするので。