広瀬すずと「三度目の殺人」
前略 広瀬すず 様
広瀬すずという女優をスクリーンで観たのは「海街diary」が初めてでしたが、キャリアのある女優達が演じる姉妹の中で、新参者というポジションがキャリアのスタートに相応しかったし、何よりも同世代の女優と比較して「演技が上手い」と率直に感じました。その後のあなたの活躍は言うまでもなく、全てが成功とは言わないまでも、10代の美少女という属性を活かした青春路線「ちはやふる」「チア☆ダン」「四月は君の嘘」と、「怒り」や今作のような作家性の強い作品群に、交互にバランスよく出演しながら順調にキャリアを築いているように思います。
今作はあなたの実質的なデビュー作「海街diary」の是枝裕和監督作ですので特別な思いがあったのではないかと推測しますが、役柄としても物語の中で鍵となる重要な人物を演じています。先程の青春路線での天真爛漫さと、「怒り」や今作のような翳りのある重い役柄を演じ分けられるのはあなたの突出した才能と言って良いでしょう。
さて、今作はその物語と解釈を巡って様々な議論を呼びそうな作品です。司法は真実を明らかにすることが目的なのではなく量刑を決める為にあることの不合理さをテーマにし、何が真実か、ではなく何を真実だと思いたいのか、と問いかけます。最後まで引き付ける是枝監督の脚本はとても力強く感じましたし、今の映画界でこれだけの構成力のある脚本を原作もなくオリジナルで生み出す才能には驚かされました。一方、それだけに全てが監督の頭の中で整理されたプレゼンテーションを観せられているような一方的な印象もあり、俳優陣の熱演にも関わらず今一つリアルさを感じなかったことを私は告白せねばなりません。
この、真実を語らない作品の中で、何を真実だと思いたいのか、という是枝監督のゲームに乗るとしたら、福山雅治演じる弁護士とその娘のエピソードが、ひとつの鍵になっていると感じました。役所広司演じる容疑者とあなたの関係が弁護士と娘の関係と相似形であるなら、(そうでないとしたらこのエピソードは全く不要です)弁護士の娘が父親に言う「私が困ったときは助けに来て」という台詞はそのままあなたが演じる咲江が容疑者に言ったことになります。
もうひとつ。誰もが皆これに騙されるのよ、と言って弁護士の娘は右目から自在に涙を流してみせます。これはそのまま弁護士から「話してくれて有難う」と言われたときにあなたが左目から流した涙の意味を物語っています。
そのように観るとき、あなたの演じる咲江という人物は全く違って見えるのであり、広瀬すずという女優の深化もそこに観てとれるのではないでしょうか。