薬師丸ひろ子と「8年越しの花嫁」

前略 薬師丸ひろ子 様

実話を基にしたという「8年越しの花嫁」は、尚志(佐藤健)と麻衣(土屋太鳳)の出会いから、難病の苦難を乗り越えて幸福な結婚を迎えるまでの物語です。結婚式を挙げる直前に、麻衣は突然記憶を失い昏睡状態に陥り、目覚めた時には尚志の記憶を失っており、献身的に看病を続けてきた尚志は苦悩します。いわゆる「難病もの」ではありますが、ヒロインが死に向かう姿を描く作品群とは違い、奇跡的に回復する姿を描いており、その意味ではハッピーエンドの物語と言えます。その一方、回復後は恋人の記憶を失っているという悲劇でもあり、記憶を失った恋人をそれでも恋人と呼べるのか、愛とは今現在の感情ではなく、二人で過ごした記憶の共有に過ぎないのではないのかという難問を投げかけてきます。

今年「なりゆきな魂、」や「最低。」というタイプの異なる良作を続けて発表している瀬々敬久監督の演出は、人気の若手俳優を起用した話題作として、恐らく普段は映画を観ないような層にも届くよう、相応しい分かり易い演出を心がけているように感じます。麻衣はある日突然記憶を失う。目覚めたときには、見知らぬ男が心配顔で付き添っていて、自分の婚約者だという。麻衣の主観でこの作品を撮ったなら、これは感動作ではなく非常にサスペンスフルな作品になっていたに違いなく、映画としてはその方が面白く撮れたように思います。当然のことながらそのような誘惑に乗ることなく、瀬々監督はオーソドックスかつ一種抽象的なまでにミニマルな演出に徹している。作品中、尚志の肉親が一切出てこないのは奇異に感じますが、尚志と麻衣と、麻衣の両親(薬師丸ひろ子、杉本哲太)に焦点を絞ることで悲劇の構造を明確にして、クライマックスに向けてシンプルなストーリーラインに徹する為でしょう。ロングショットを多用し余計な感傷を排し、音響に関しても、劇伴は使っていますが主要なシーンではセリフ以外に聴こえるのは風の音だけ、というシンプルさで映画的な感興をそそります。

ヒロインを演じる土屋太鳳の熱演は特筆されるべきでしょう。今どきの女性としての出会いから、病魔に侵された後の身体表現、メイクによる昏睡中の姿、徐々に回復していきながらも尚志の記憶を取り戻すことの出来ないもどかしさ等、見事に演じきっています。しかし、それ以上に私に深い感銘を与えたのは麻衣の母親を演じたあなたでした。

薬師丸ひろ子という女優は、非常にユニークな存在のように思います。70年代後期に席捲した角川映画のヒロインとしてデビューして以来息長く活躍していますが、デビュー期からスーパースターとしてのオーラを纏いながら、一方では極めて庶民的な女性像を演じてきています。手の届きそうな普通の女の子として人気を博したティーン期を経て、今では「三丁目の夕日」シリーズや今作のように、頼りがいがあり包容力のある母親を演じている。器用なタイプの女優ではないと思いますが、その年齢、その時代を代表する女優として自然に存在することが出来るようです。

今作は病床にある麻衣を巡り、疑似的な親子である麻衣の両親と尚志の葛藤がドラマの中心となっています。その意味で物語を本当に牽引しているのは尚志とその両親だと言えます。あなたは麻衣の手術に気休めを言う尚志を「あなたは家族では無いからそんなことが言えるのだ」と言い放ち、回復の見込みが見えない麻衣の看病を続ける尚志に、もう娘のことは忘れてほしい、と言う。それでも看病を止めない尚志を諦め顔で受け入れる。感傷的に大袈裟な演技を披露することなく、主人公たちを見守る母親像を極めてストイックに演じているあなたがあってこそ、二人の悲劇と奇跡の物語に観客は集中することが出来るのでは無いでしょうか。

温かく、時には子供と友達のように付き合う、現代的な母親を余りにも自然に演じている為、あなたがこの作品の演技で大きな注目を浴びることは無いかもしれません。しかしながら、いつの間にか現代日本における典型的な母親像を体現しているあなたという女優の存在に改めて賛辞を送りたいと思います。あなたの代表作である「Wの悲劇」で歌われた主題歌「Woman」であなたは「時の河を渡る舟にオールは無い」と歌いました。「野性の証明」でのデビューから40年。まさに時の河を渡り、今自然に日本の母親像を演じているあなたをスクリーンで観ることに感慨を覚えずにはいられません。

 

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