【映画評】 北原里英と「サニー/32」

前略 北原里英 様

公式HPによると、この映画の発端はあなた自身がラジオ番組で秋元康プロデューサーに「映画に出たい」と話したところ、すぐに白石和彌監督の起用が決まって制作が始まったとのことです。あなたは「凶悪」を観て以来白石監督のファンだったとのことで、誠に恵まれた映画出演の顛末です。「凶悪」や「日本でいちばん悪い奴ら」「牝猫たち」「彼女がその名を知らない鳥たち」といったリアルな手触りで現代の暗闇に照準を合わせる白石監督作品であることや、「凶悪」での悪党ぶりが凄まじかったピエール瀧とリリー・フランキーのコンビが再登板していることから、アイドルであるあなたに相応しからぬ作品との印象もありますが、スクリーンを見つめているうちにこれはアイドル論の側面のある映画だと感じました。

作品は女子小学生による同級生殺人事件に端を発し、13年後、ネット界で伝説化した小学生殺人犯「サニー」に間違われた中学生教師藤井赤理(北原里英)をピエール瀧やリリー・フランキーが演じる「サニーのファン」たちが拉致をするという物語です。サブストーリーとして、教師であるあなたは教え子がいじめを受けているらしいことを気に掛けており、それは13年前の事件の真相といつしか接近していきます。

サニーのファンたちは、あなたを拉致し、アイドルのようなピンクの衣装を着せます。あなたは自分がサニーではないことを訴えますが、聞き入れて貰えません。サニーのファンたちの自己顕示欲の場と化したネット内で、動画配信により姿を晒されるうちに、幾つかの突発的な殺人事件が起き、あなたはサニーとしての役割に目覚め「あなたたちが私をサニーと呼ぶなら、私はサニーである」と宣言します。あなたがここで行っているのは、「望まれる役割を演じる」という振る舞いです。アイドル風のピンクの衣装はそのまま虚構の象徴であり、実体が何であれ役割を演じることが共同の幻想、共同の幸福なのです。

あなたはピンクの衣装を脱ぎ、今度は白装束に着替え新興宗教の教祖のような役割を演じ、ネット世界の信者たちに説法を始めます。あなたが本物のサニーでは無い、と訴える女性信者に対し、ピエール瀧は「本物かどうかなんて関係ない。彼女がサニーとしての役割を演じているなら、彼女がサニーなのだ」と言い放ちます。このように、現実世界でアイドルであるあなたはこの映画の中でもアイドルを演じていると言えます。

映画の終盤で、あなたは元教え子をいじめに端を発した悲劇から救うために行動を起こします。あなたは拉致されて行方不明になって久しく、既に教師の資格を失っているものと思われるので、教え子を気に掛けたり危険を冒したりする必要も本来無いように思います。それでも律儀に教え子を救おうとするのは、あなたが教師の役割を全うしようとしているからではないでしょうか。あなたが演じる藤井赤理という人物は、他人や社会から与えられた役割を忠実に演じているように思います。

つい最近公開された金子修介監督の傑作「リンキング・ラブ」は映画の形を借りた金子監督のアイドル論とも言われています。金子監督はアイドルの本質とは「歌わされている感」だと言っています。周りからやらされ、歌わされながら一生懸命やる。「サニー」を観ながら、この映画もまた「求められる役割を一生懸命演じる」アイドルについての映画なのではないかと感じました。一見チャレンジングな役柄に見えながら、実際のアイドルであるあなたがこの役を演じることはとても理にかなった選択と言えるのではないでしょうか。

 

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