ダニエラ・ヴェガと「ナチュラルウーマン」
前略 ダニエラ・ヴェガ様
今年のアカデミー賞外国映画部門を受賞した「ナチュラルウーマン」を観ました。チリの映画界と言えば最近ではパブロ・ラライン監督が面白い作品を作っていますが、その彼のプロデュース作品である今作もまた見事な出来栄えで、チリの映画界の充実ぶりには目を見張るばかりです。
老年期の紳士とトランスジェンダーの女性の恋愛、紳士の突然死の後に訪れる彼が捨てた家族との確執が描かれ、その中心はマリーナ(ダニエラ・ヴェガ)の生き辛さに焦点が当てられています。あなたは実際にトランスジェンダーの女性ということで、男性的な骨格ながら外見は殆ど女性としてスクリーンに現れます。映画を通じて非常に印象的なのは、あなたが周囲の好奇の目に対して殆ど抗うことが無いことです。勿論ことあるごとに苛立ちは見せますが、声高に自身が女性であることを主張することはありません。恐らく長い間同様の差別的な環境にあることで相手と同じ土俵で争うことの空しさを嫌という程味わってきたのでしょう。あなたに辛く当たる紳士の息子に対して、あなたが主張するのは差別に対する抗議ではなく、「飼い犬を返してほしい」ということのみです。観客は映画を通じて、外見よりもむしろ感情的にならない対応、傷付きやすいナイーブさにあなたの「女性性」といったものを感じるようになります。その意味では昨年、同様のテーマを扱った邦画「彼らが本気で編むときは」での生田斗真の演技に近いかも知れません。
作品は、マイノリティをテーマにしていますが、本質的には本当の自分を理解してくれる他者の愛の尊さと、それを失った悲しみを描いており、普通の男女間であっても成立する物語です。あなたは終始抑制された演技で愛するものを失った悲しみを表現しており、この作品の成功の殆どの部分があなたという存在に負っているといえます。今年のアカデミー賞の授賞式で、あなたの登壇にひと際大きな拍手が送られていましたが、この作品でのあなたの存在、貢献を考えると、当然のことと言えます。そしてトランスジェンダーであること以前に、一人の俳優としてのあなたに対する称賛であることをこの作品を観た観客なら理解しているはずです。