多部未華子と「多十郎殉愛記」

前略 多部未華子 様

多部未華子と他の女優を隔てるものは、「温度」ではないかと思っています。多部未華子だけが、映画のスクリーンを通してその体温を観客に伝えることが出来るようです。「ピースオブケイク(15年)」の綾野剛とのセックスシーンでは妙なリアリティがあり、どぎまぎしてしまいますが、耳たぶやうなじまで真っ赤にして演じる多部未華子に、プロの女優らしからぬ初々しさと同時にその体温を感じました。また、「深夜食堂(15年)」で小林薫演じる料理屋の主人の元に転がり込む女性役では着の身着のまま、といった風のTシャツ姿で、少々匂うような生温かな存在感も記憶に残っています。

中島貞夫監督の20年振りの新作「多十郎殉愛記」は、剣豪でありながら長州を脱藩し剣を捨て、虚ろな眼で京の町に暮らす多十郎(高良健吾)が再びやむにやまれず剣をとる物語ですが、そのきっかけとなる酒場の女将おとよを多部未華子が演じています。映画の冒頭、長州藩の武士が多十郎の協力を求めて長屋を訪れた際に通りがかる、風呂上がりの彼女の後姿の何とも言えぬ色香に眼を奪われます。またしても、その上気した体温で作品にくっきりとした印象を残すのです。

おとよは、過去に夫のもとから逃げ帰ってきた男運の悪い女として描かれます。自分を頼ってきた長州藩士を死なせてしまい、浴びるほど酒を飲んで帰って来た多十郎をおとよは介抱して恋心を打ち明けます。こんな、どうしようもない男を何故好きになるのか、と問い掛ける多十郎に、「こんな女やから」と応えるおとよ。幾つかこの作品の感想を読むと、多十郎とおとよの恋愛が唐突で説得力に欠けるという意見もあるようですが、この映画に多部未華子という女優が発する「こんな女やから」という言葉以上のどんな説明が必要だと言うのでしょうか。

大志を抱き上京したものの、見廻組に襲われ傷を負った弟を一旦眼科医のもとに匿う多十郎。おとよと庭陰でかわす情感の溢れる接吻シーンを経て、映画は長屋を、京の町を、山林を駆け巡る大チャンバラに突入します。多十郎が再び剣をとるのは、愛したおとよの為。多十郎の弟と京の町を逃げるおとよもまたいずれは捕らえられる運命でしょうが、その耳には多十郎が自分の名を呼ぶ声が聴こえたような気がします。

その眼差しに底知れぬ虚無をたたえた多十郎を演じた高良健吾と、愛に一途な女性を演じた多部未華子。俳優の凄みを存分に感じさせる作品です。

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