第32回東京国際映画祭「停止」

今年の東京国際映画祭の鑑賞一本目は「ファンタスティック! 東南アジア」部門のラヴ・ディアス監督「停止」。いつもながら長尺で、上映時間は4時間43分。平日の夕方から観るにはヘビーですが、これを逃すといつ観られるかわからない、というよりラヴ・ディアス監督の新作を見逃すわけにはいきません。昨年の東京国際映画祭ではアカペラのミュージカル「悪魔の季節」で観客の度肝を抜きましたが、圧政者と虐げられる民衆という構図は今作も共通しています。

ラヴ・ディアス監督初のSFという今作の物語は、2034年に火山噴火により陽が射さず雨が降りしきるフィリピンを舞台に、インフルエンザが蔓延し、ドローンによる監視が行われるディストピアで独裁者とその側近、反逆を試みる活動家や謎めいた高級娼婦たちが織り成す物語です。通り一遍の作品を作る筈がないラヴ・ディアスですから、SFと言ってもいつも通り陰影の強いモノクロ画面と、それらしい舞台装置と言えば光を放つドローンだけであり、むしろ50年代あたりを想起させる映像です。

ワンカットが非常に長く、スタティックな為時として物語がわかりにくいラヴ・ディアス監督作ですが、今作はおおよその人物関係が掴めてしまえば比較的分かり易い作品と言えるでしょう。独裁者の大統領はカリカチュアライズされ過ぎて、「悪魔の季節」の禍々しく背筋の凍るような独裁者の姿に比べると些かコミカルに過ぎるようにも思いますが、この作品が強硬路線で知られる強面のドゥテルテ大統領政権下で作られていることを考えると、明らかに現政権を思わせる作品を撮り切るのは生易しいことではないように思います。フィリピンだけでなく、アメリカ、ロシア、勿論日本にも蔓延している世界的なナショナリズム、独裁の空気と共鳴し合い、まさに現代の映画作家らしい嗅覚で切実な危機意識の元に撮られているのです。 政権に忖度せずに正面から独裁政治を糾弾するラヴ・ディアス監督の姿勢に感嘆せずにはいられません。

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