第20回東京フィルメックス「気球」

東京フィルメックスコンペ作品「気球」(中国/ペマツェテン監督)を鑑賞。

チベットに暮らす一家の元にも中国の一人っ子政策の波が押し寄せており、既に三人の息子を持つ仲の良い夫婦も避妊対策を考えざるを得ない。一方では皮肉にも生業とする羊の飼育では種付けに追われる日々。過去に男性とのトラブルがあり出家した妻の妹や、信心深い老いた仏教徒の父親等との暮らしを通じ、現代のチベットで子を産み育てることの困難さ、生活に深く根差した仏教の死生観が語られて行きます。

昨年のフィルメックスに出品された「轢き殺された羊」で、チベットの風景をウエスタン映画に置き換えたかのような乾いた世界観を見せてくれたペマツェテン監督の注目の新作です。チベットの、世界の果てのような風景はそれだけで映画として十分魅力的な題材ですが、今作ではそれに頼ることなく、一人っ子政策に揺れる伝統的なチベット家族に焦点を絞り、会話や人物の魅力を十分に感じさせる、監督の力量がはっきりと示された作品となっています。コンドームを風船代わりにして遊ぶ子供たちの姿で笑わせ、老父親も飄々とした存在感を示し、懸命に働き、子を愛し育てる夫婦の姿を丹念に追っていきます。妻の妹と過去に関係のあった男との挿話も、愛情の問題と子供を宿すことの本来的な難しさの問題との関わりを提示しており、作品に深みを与えています。本来、出産を制限するのではなく出産しても安心して子供を育てることが出来るようにサポートするのが政治の役目のはずです。その意味では、この作品は声高では無いけれども静かに政府に批判の眼差しを向けていると言えます。

妻の妹が学校を訪れるシーンの長回しや輪廻を想起させる砂丘のシーン、冒頭では避妊具であった「風船」がラストでは生命の誕生を思わせる赤い風船となり空に放たれ、映画の登場人物たちがそれを見上げる象徴的な場面等、キャメラも印象的です。前作と今作で並外れた力量を示したペマツェテン監督は、現在最も注目に値する映画作家と呼べるのではないでしょうか。

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