瀧内公美と「火口のふたり」

荒井晴彦監督の新作「火口のふたり」は、可愛らしい作品です。物語はシンプル。10日後に結婚を控えた直子(瀧内公美)が従妹であり昔の恋人である賢治(柄本佑)と久し振りに出会い、結婚相手が出張から戻って来る五日間だけ、という約束で昔のように肉体関係を結ぶ。それだけです。登場人物も二人だけであり、二人で話して、食べて、セックスをして寝るだけ。観終わってみるとよくこれで映画に出来るなと思いますが、一つ一つのシーンに心地良さが漲っていていて、いつまでもこの二人の肉体を観ていたいという気持ちになります。

元カレ、しかも従妹と、結婚前の身でありながら肉体関係を結ぶのですからそこには倫理を欠いているという緊張感や、過去の感情のようなものが渦巻き、どろどろとした情念があってもおかしくはないのですが、この作品のふたり、直子と賢治はいたって普通というか微笑ましくさえある仲の良さで、何故別れたのか疑問に思います。直子は賢治と別れた過去を思い出し、「賢ちゃんが他の女と結婚しても上手くいかないとわかっていた。意地を張らずに待っていれば良かった、自分の身体の言い分を聞いてあげればよかった」と言います。「身体の言い分」というのはこの作品のキーワードですが、理性や感情ではない「身体の言い分」に素直になった5日間だからこそ、緊張感とは無縁の愉しげで穏やかな関係が心地よい作品となっています。

直子を演じる瀧内公美は、「彼女の人生は間違いじゃない(17年)」の主人公を演じ素晴らしい存在感でその後の活躍を期待させてくれましたが、今作ではまた違う魅力を放っています。ここまで女優が裸身をさらすと、「美しい」とか「生々しい」といった言葉が浮かぶものですが、彼女の姿はそのような形容詞に収まることなく、抽象的なフォルムを纏っているように感じました。観る者を圧倒するような肉感ではなく、それこそ食べる、寝るといった自然なレベルでセックスをする姿は普遍的な存在としての「女性」を体現しているようにも見えます。聖書や神話を描いた絵画の中の女性たちに近い存在と言えるのではないでしょうか。賢治が「セックスって気持ち良いなぁ」としみじみ呟くように、「身体の言い分」に素直な二人の関係だからこそ、男女の普遍的な姿をそこに観ることが出来るように思います。5日間という限定された時間や、物語の最後に訪れる世界の終末までの時間という条件は刹那的な印象を与えはしますが、それ以上に素直に楽しく身体を重ねる二人の姿が微笑ましく、可愛らしい印象を与えるのです。

ベッドでの会話で、屋外等での刺激的な性行為に及んだ過去を思い出し、直子はああいうのが好きなんだろうと問いかける賢治に、「賢ちゃんが好きだから」と直子は言い、涙を流します。この作品内で唯一センチメンタルなシーンです。好きだからセックスが楽しいのか、セックスが楽しいから好きなのか。恋愛を描いた作品の殆どがそうであるような、恋愛関係のゴールをセックスに置く未成熟さとは無縁の次元で男女の関係を描いた(日活ロマンポルノ以降では)稀有な作品であり、瀧内公美と柄本佑の肉体が物語に説得力を与えています。

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