木村多江と「望郷」

前略 木村多江 様

この作品は「夢の国」と「光の航路」という、湊かなえの二つの小説を原作としており、構成上もそれぞれ独立した物語となっています。過疎化が進む故郷と、幼少期の肉親への想いが「望郷」という共通したテーマを浮かび上がらせる仕組みで、最近では「海炭市叙景」が同様の構成を持っていたと記憶しています。かつて造船所の街として隆盛を極めた過疎の町を舞台にしていることが共通している点もこの作品を思い起こさせる理由です。

映画は二つの物語の主人公を演じる大東駿介と貫地谷かほりが出会うところから始まりますが、冒頭の車の移動撮影とうす曇りの瀬戸内の島影の風景をゆったりと捉えた佐々木靖之のカメラにまず期待が高まります。その後も第一話である「夢の国」の舞台となる、お屋敷、と呼ばれる日本家屋の外観を横移動で撮ったショットや、第二話「光の航路」での、いじめを行った生徒の母親がクレームを口にする場面を強いコントラストで撮ったショット等、この作品がとても綿密な撮影プランで撮られたことが随所に感じられ、しっかりとした技術で真正面から物語を語る作風に、昨今観ることが稀な日本映画の職人気質を感じることが出来ます。ゲイリー芦屋の音楽も、日本映画のサウンドトラックの王道を行くオーケストレーションでとても良い。

瀬々敬久監督や黒沢清監督といった錚々たる顔ぶれの助監督を務めてきた菊地健雄が監督ですから、その手腕は既に保証されていますが、第一作「ディアー・ディアー」は荒唐無稽な物語でありながら着地の行儀の良さが物足りない印象だったし、今年公開された「ハロー・グッバイ」も、現代の女子高生の描き方に類型的な印象を持ち、菊地健雄監督は飛び抜けて上手いけれど手堅い監督という感想を持っていました。今作は初めて原作のある作品ということで、演出に専念できたことが吉と出たのか、その上手さで透明に物語を語ることに成功しているように思いました。究極的にはハワード・ホークスやクリント・イーストウッドのように、只々簡潔に面白く物語るという映画の理想形があるとしたら、その為には監督の演出の技量は勿論、撮影技術と最適なキャスティングが必要であり、その点で今作の菊地健雄監督は大きな成果を収めていると言えます。

この作品は二部構成となっていますが、大東駿介と貫地谷かほり演じる主人公二人が共に幼少期に母親、もしくは父親との確執があり未だに氷解していないこと、ある死に対して罪の意識を持ち続けていることが共通しています。

二部構成の作品で特定の一人の女優に焦点を当てるのは難しいのですが、ここでは木村多江に注目したい。「ぐるりのこと」での印象が強いあなたですが、その後もテレビ、映画の分野で活躍し、主に幾らか薄幸な人物として脇を固めることが多いようです。

あなたは貫地谷しほり演じる主人公の母親として登場し、島の旧家の古い因習に縛られ、白川和子演じる姑にいびられるのをじっと耐える存在、どうやら最後には幾らか精神に変調をきたす人物として、言ってみれば「いつもの木村多江的人物」を演じています。あなたはインタビューなどでこのような薄幸の役ばかりがオファーされるのはつらい、というようなことを自嘲気味に発言されているようですが、映画において俳優の印象と役の個性が過不足なく一致していることはとても重要なことのように思います。また、今作であなたは貫地谷しほりの幼少期の母親役と、現在の大人になり子供をもうけている彼女の年老いた母親役を違和感なく演じています。今のあなたの実年齢によるところも大きいでしょうが、ヤングミセスも老け役も演じ分けられることも、とても得難く貴重なことに思えます。老け役は大抵、観客に不自然な印象を与え作品にのめり込むのを阻害するものですが、今作に限って言えばそのようなことはありませんでした。

今作は菊地健雄監督の職人肌の手腕が光り、確かな俳優陣が脇を固める(私の大好きな河井青葉も出演していることも言い添えておきましょう)、日本映画の醍醐味を味わえる作品として今年有数の一本だと思います。今のところ単館だけの上映のようですが、もっと多くの観客に観てもらえると良いですね。

最後に、女優をテーマとする当ブログにはそぐわないかもしれませんが、第二話において主人公の父親を演じた緒方直人もまた、渋み溢れる素晴らしい演技を見せており、この俳優の未来に大きな可能性を感じたことも付け加えておきます。

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