2021年映画ベスト
今年も私たちの生活に甚大なる影響を与え続けたコロナウイルス。私たちは今、第二次世界大戦以降最も困難な時代に生きていることを痛感せざるを得ません。映画館はようやく通常営業に戻りつつありますが、これもいつまた営業休止や間引き営業に戻るかわからない。そんな中で映画を観る環境も大きく変わろうとしており、NETFLIXやAmazon等で劇場公開と同時に配信でも公開されることが日常的になってきました。私自身、劇場で観るべきだろうと感じつつ、配信で済ませてしまった作品が幾つかあります。作品にとっては映画館という最良の環境で観られる機会が奪われているのですから由々しき事態ですが、大衆の支持があって初めて成り立つ映画というメディアは、社会の要請に従って変化するものですから、配信は当然の成り行きとも言えます。一方で映画の送り手側からは、例えばマーメイドフィルムがリチャード・フライシャーの特集上映を小さな試写室でひっそりと行うような試みもなされ、このようなデジタル配信に対するアナログな「徹底抗戦」も、これから見られるのだろうと感じます。
今年、映画を巡る人権問題として記憶に残ったことが二つありました。一つは、レイプ事件の告発を受け、コロナで死亡した韓国のキム・ギドク監督の特集上映が、Twitter等での否定的な声に押され、中止となったこと。企画をしたクレストインターナショナルの要領を得ない説明が火に油を注ぐ結果にはなりましたが、この件を通じて「作家と作品は別に考えるべき」という、ある種牧歌的な決意表明が現在ではもはや機能しないことに私たちは気付かないといけないのだと感じます。そこに傷つく人がいる限り、守られるべきはどちらなのか。前述の通り、大衆の支持が得られない場所で、映画は存在し得ないのです。
もう一つは、年末の話題作「ラストナイト・イン・ソーホー(エドガー・ライト監督)」についての賛否です。スウィンギング・ロンドンや二人の華やかな女優の裏で性的に搾取される女性たちを描き、フェミニズム的な映画だと評価する声がある一方(主に男性からの声が多いように思う)、これは極めて悪質な性の商品化ではないかという、主に女性側からの異議がありました。映画のテーマに女性のレイプを選び、さも女性の側についているような顔で、女性なら誰でもおなじみの恐怖を煽情的に描き、結局事件をもたらした存在も女性であるといったオチに、常に被害にさらされている女性への配慮が皆無で不快だという意見です。私自身は鑑賞後にTwitter等で否定的な意見を目にするたびに考えさせられることが多く、逆に肯定的な意見は当事者意識の無い底の浅い感想しかないように感じました。この映画に限らず今までも映画は女性の被虐を物語の推進力として頼ってきた面があり(最近の「最後の決闘裁判(リドリー・スコット監督)」もそうですね)、今後、今までと同じような認識で映画を作ることは出来ないのではないかと感じました。
邦画
②「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」庵野秀明監督
③「子供はわかってあげない」沖田修一監督
主演女優賞 瀧内公美(「由宇子の天秤」)
助演女優賞 片山友希(「茜色に焼かれる」)
今年、濱口竜介ほど世界で注目された映画作家もいないでしょう。「ドライブ・マイ・カー」と「偶然と想像」という二作品が世界の映画賞を席捲し、これからの映画賞でもその栄冠が続く可能性が高い。アカデミー賞も受賞してしまうのではないでしょうか。東京国際映画祭でのイザベル・ユペールとの対談もとても面白かった。
「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」の映像体験はとても面白く、戦艦をぶん投げて武器にするという冒頭のアイディアで、庵野秀明は間違いなく天才だと感激しました。常に創作に悪戦苦闘している庵野秀明の姿はとても共感出来るものだったし、シンジ君が言っている通り「オトシマエをつける」という気概に胸を打たれました。国立新美術館で開催された「庵野秀明展」でも、彼が影響を受けた漫画や特撮が同世代的で感慨深かった。子供の時に同じものを見ていても、凡人は忘れてしまい、天才は倍にしてアウトプットするのですね。
「子供はわかってあげない」は特にどうということもない青春映画ですが、コロナ前に撮られた作品ゆえに、その描かれている典型的な夏の風景が余りにもコロナ禍では現実離れしていて、まるでSF映画のような浮遊感がありました。上白石萌音の少女期の輝きも良かった。
瀧内公美は「彼女の人生は間違いじゃない」で初めて観た時から良い女優だと感じていましたが、ただ立っているだけで画面が映画になってしまう、稀有な存在だと思います。助演女優賞の片山友希は、最初は単なる脇役かな、と思って観ていると、どんどん映画の中で存在感が増していく姿がとても良かった。
洋画
①「ザ・ビートルズ:Get Back」ピーター・ジャクソン監督
②「レイジング・ファイア」ベニー・チャン監督
主演女優賞 ジェンマ・チャン(「エターナルズ」)
映画館では上映されていないのでこの8時間に及ぶ配信ドキュメンタリー「ザ・ビートルズ Get Back」をベスト映画に挙げるのは反則でしょうが、この作品ほどポップカルチャーにとっての「大発見」は無いのではないでしょうか。映画「レット・イット・ビー」での印象とは違い、世界の頂点に君臨していた4人の青年たちは、とても仲が良くて楽しい連中だったのです。ポールがベースをかき鳴らしいつの間にか「Get Back」が生まれ、ジョージが「それ、音楽的に最高だね」と言う瞬間。ポールがスタッフに「お前ら、ヨーコを愛するジョンの気持ちをわかってやれよ」と力説する瞬間。50年の時を経てこの場に立ち会い、泣かずにいられるビートルズファンがいるでしょうか?
「レイジング・ファイア」は、作り手の熱量が観客に伝染するタイプのアクション映画で、私は「マッド・マックス怒りのデス・ロード」に近い印象を持ちました。どこがどう凄いのかは観てもらうしかない、というような失語症に陥ったかのような感想が多いのも、この作品の特長です。年末の公開1週間で、既に伝説的な作品になりつつあります。
主演女優賞は「エターナルズ」のジェンマ・チャン。マーヴェルシリーズにおいてチームのリーダーでありながら内省的で、リーダーシップよりはフォロワーシップを発揮するアジア系ヒロインという相当に難易度の高いキャラクターを魅力的に演じていました。
洋画の3位と助演女優賞は該当なし。