第34回東京国際映画祭「ヴェラは海の夢を見る」
今年のコンペティション部門の最優秀作品賞の上映にて、今作を鑑賞。
私はここ数年、東京国際映画祭とフィルメックスはかなり熱心に観ていたのですが、今年は私用がありこの作品のみの鑑賞です。昨年からの両映画祭の一本化の流れが本格化し、ディレクターが矢田部吉彦氏から市山尚三氏に変わり、会場も六本木から銀座になるなど変化の大きい年でしたので体験したかったのですが、残念です。大会審査委員長に「超大物」イザベル・ユペールを招き、アジア交流ラウンジで濱口竜介監督との中身の濃い対談を組んだり(素晴らしい内容だった!)、例年に無い充実ぶりだったのではないでしょうか。作品の方は、今までは比較的全世界偏りなく選ばれていた作品が、アジア中心になった印象です。作品の質が全体としてどうだったのかは観ていないのでわかりませんが、私にとって映画祭は自分では選ばないような妙な作品に出会える場でもあるので、むしろ玉石混交の方が楽しめます。
グランプリとなった「ヴェラは海の夢を見る」は、コソボと北マケドニアとアルバニア合作で監督のカルトリナ・クラスニチにとって初監督作品。手話通訳者である初老の婦人ヴェラが主人公。ある日著名な元判事である夫が自殺し、その真相を巡りヴェラやその娘に危険が及ぶ。ヴェラは危機に直面し毅然と立ち向かう、といった物語。
殆ど出ずっぱりの主役の老婦人ヴェラを演じるテウタ・アイディニ・イェゲニが、どこにでもいそうな女性の平凡さと、どこにでもありそうな頑固さを体現しています。コソボの歴史と家族の歴史、田舎に残る古い家長制度、自立した女性の生き方、母娘の葛藤、コソボの闇社会、前衛演劇と、盛り沢山のテーマなのに関わらず、終わってみれば90分に満たない近頃の映画にしては短尺の部類の映画です。そのため、少々物足りなさが残るくらいなのですが、それは同時に語りの簡潔さが卓越しているからに他なりません。映画祭の映画に見られる重厚さよりも、ジャンル映画的なテンポの良さが感じられる作品です。