2020年映画ベスト

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今年は新型コロナウイルスの拡大という一年前には想像さえしなかった事態により、世界にとって大きな災厄の年となってしまいました。そして、それは今も続いている。全ての生活を一変させてしまい、映画を映画館で観るという今まで当然だと思っていた行為がとてつもなく貴重で幸福な時間の享受であったことを思い知らされることになりました。私も4月、5月のいわゆるステイホーム期間中は映画館に行くことが出来ず、さりとて家でテレビや配信の映画を観る気分にもなれない時期が長く続きました。今年の劇場鑑賞は254本。うち新作封切は邦画32本、洋画69本という少なさ。この中から数本選ぶことに殆ど意味は無いと思いますが、少しでも映画の日常を取り戻すために、例年通り心に残った作品を記録に留めておきたいと思います。

邦画部門

①「さくら」矢崎仁司監督

②「海辺の彼女たち」藤元明緒監督

③「アイヌモシリ」福永壮志監督

主演女優賞 芦田愛菜(星の子)

助演女優賞 桃井かおり(一度も撃ってません/宇宙でいちばんあかるい屋根)

今年、「さくら」ほど観客を困惑させた作品は無いのではないでしょうか。日本版「ガープの世界」と呼びたくなる客観性の強い物語自体は原作によるものなのでしょうが、いわゆる感動作に回収されないシーンごとの強度が圧倒的でした。兄を独占するためにはその不幸さえ微笑みを持って受け入れる小松奈菜の純度。彼女の長い足を執拗にキャメラに収め、失禁さえさせる映画的フェティシズム。気まずい食卓。映画でしか味わえない「居心地の悪さ」を観客に突き付けてくる稀有な作品でした。

「海辺の彼女たち」「アイヌモシリ」には、黒沢清や濱口竜介以外にも世界で通用する若い才能が生まれてきているのだと感じました。両作とも、監督の出発点がそもそも矮小な現代日本とは無縁の問題意識から始まっており、一方は国を超えた人権、もう一方は日本の極めてドメスティックでミクロな世界を見つめることで普遍的なテーマを炙り出している。そしてどちらも自然体で作品に向き合い、活き活きとしたキャメラにより作劇を超えたドキュメンタリー的な瞬間が不意に立ち現れている点が感動的でした。

主演女優には、芦田愛菜を。遠い昔に「阪急電車」という映画を観て「宮本信子よりあの子役の方が全然良いじゃん」と失礼ながら思ったものですが、本格的な女優復帰作品としてこの作品を選んだ聡明さ、ぺたぺたと町を歩くだけで主人公の心細さまで表現する佇まいと、「ただ者ではない」という思いを改めて強く持ちました。助演女優には桃井かおり。彼女の唯一無二の存在感を全て肯定するわけではないのですが、一方では盟友たる石橋蓮司を、他方では才能ある若手・清原果耶を、少々出しゃばりながらも全力で援護射撃をするこの女優の生きざまを、やはり今観ないわけにはいかないと思いました。

洋画部門

①「幸せへの回り道」マリエル・ヘラー監督

②「フォードVSフェラーリ」ジェームズ・マンゴールド監督

③「燃ゆる女の肖像」セリーヌ・シアマ監督

洋画主演女優賞 イザベル・ユペール(ポルトガル、夏の終わり)

洋画助演女優賞 キム・セビョク(はちどり/逃げた女)

「幸せへの回り道」と「フォードVSフェラーリ」は、アメリカ映画はやはり面白いと感じさせてくれた2本。地味な邦題で全く注目されていなかった「幸せへの回り道」ですが、(Twitterでの評判を目にしなかったら私も観逃すところでした)アメリカのイノセンスと狂気を注意深く描いており、トム・ハンクスの名演と相まって心に残る作品でした。監督のマリエル・ヘラーは女優としてもNETFLIXのオリジナルドラマ「クイーンズ・ギャンビット」で印象深い役を演じており、アメリカの映画人の層の厚さを感じさせます。1月に封切られた「フォードVSフェラーリ」が今年の作品だなんてとても信じられません。コロナ以前の映画の記憶はあまりにも遠くに感じるし、「古き良きアメリカ映画」の印象さえあります。クライマックスのル・マンで、サーキットに佇むドライバーのクリスチャン・ベールと、遠く貴賓席から見つめるエンツォ・フェラーリの視線が交錯する瞬間をロングで捉えたショット。「敵ながらなかなかやるじゃないか」。こんな瞬間を観たいからこそ、私たちは今日も映画館に通うのだと確信させる素晴らしいショットでした。「燃ゆる女の肖像」は美的映画としては現代の到達点では無いでしょうか。ここでも人物たちの視線の交錯が重要なモチーフになっています。ラストシーン で「彼女は私に気づくことはなかった」という マリアンヌのモノローグに反し、観客たちは、エロイーズはマリアンヌの存在に気づいていることを直感的に理解します。そしてヴィヴァルディを聴きながら涙を流すエロイーズが、次の瞬間にはキャメラに(マリアンヌに)振り向くのではないか。このようなサスペンスが持続する時間は、映画ならではのものです。

主演女優賞はイザベル・ユペール。毎回、その聡明な自己プロデュース能力に彼女は世界中の女優とは違うステージにいること思い知らされますが、「ポルトガル、夏の終わり」では映画の中心から次第に外れて、退場していく存在としてさえも映画を成立させてしまうという離れ業を演じています。助演女優賞は「はちどり」のキム・セビョク。幼い主人公を支える存在として、久しく映画で観ることの無かった”頼れる大人”を誠実に演じており印象的でした。

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